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カンボジア史/2010年06月15日更新
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カンボジア史



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海外の、特に文化遺跡を訪れるときには、その国の歴史を知っておくと、旅が断然楽しく、興味深いものとなるはずです。 アンコール王朝(=クメール王朝)の台頭とアンコール大遺跡群 5世紀以前、現在のカンボジアは、メコン川中流域、南ラオスのチャムパーサック地方を故郷とするし、後にインドシナ半島を南下しながら、クメール真臘国として発展していきました。紀元前後から、インド文化の影響を受け、港市国家としてインドシナ半島南部に栄えました。外港のオケオは、海のシルクロードの貿易中継点にあたり、インド、中国、そしてローマ帝国とも交流があったといわれます。 その後、5、6世紀頃から、クメール真臘国は着実に版図を拡大し、7世紀前半には現在のカンボジアの領土を範囲とするまでになりました。一時期、国内分裂の危機を迎えながらも、9世紀、再統一されたのです。 9世紀に即位したヤショーバルマン一世はアンコールの地を王都と定め、小丘プノンバケンを中心とした4キロ四方の大環濠都城を建造したのです。以後、都は、ヤショーダラプラと呼ばれるようになりました。これは「ヤショーバルマン王の都城」を意味する言葉です。その後約550年にわたり、都城と寺院の建設は続いていくことになりました。それらが、今日まで残る、アンコール・トム(都城)と、11世紀にスールヤバルマン二世によって建立された大寺院、アンコール・ワット(寺院)をはじめとするアンコール大遺跡群です。 ─────────
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(C)カンボジア史 ●━━━━